こんにちは。ModernovaのAyumiです。
かつて、日本の住宅におけるテレビ周りといえば「テレビ台」という家具を置くのが常識でした。しかし、海外の邸宅やラグジュアリーホテルを見渡したとき、そこに「台」という概念は存在しません。あるのは、空間の主役となる「TVウォール(Media Wall)」という建築的な「壁」です。
「私もこれをやりたい」
最初はそんな、身の程知らずな憧れでした。しかし、それが終わりのない「物理とコストの闘争」の始まりだとは、当時の私は知る由もありませんでした。
今回は、本物の石材に絶望し、北欧と中国の壁に跳ね返され、それでも諦めきれずに日本の技術へ辿り着いた、私の「敗北と執念の記録」をお話しします。
- 「本物の石」を日本の石材屋に頼もうとした愚かな挑戦
- コロナ禍の輸送費40万と、3000枚ロットの壁
- 灯台下暗しで見つけた「AICA」と「日本の既製品」という武器
Phase 1: 愚者の夢。「本物の石」が欲しい
私がまだ「施主」として無知だった頃、本気でこう思っていました。
「海外のホテルみたいに、本物の大理石の塊を壁に貼ればいいんでしょ?」
私は国内の石材屋に問い合わせました。「この石をリビングに貼りたい」。
返ってきた答えは残酷なものでした。「その石種は海外でしか採れません。輸入するしかないですが、運賃だけで数百万円かかります」
さらに、構造計算の担当者からも冷水を浴びせられました。
「そんな重い石の塊を壁に貼ったら、木造住宅の躯体が持ちません。インストール不可能です」
物理的にもコスト的にも、個人の住宅で「本物の石壁」を作ることは不可能だと知った時、私の最初の夢は砕け散りました。
Phase 2: 海外パネルの洗礼。「輸送費」と「ロット数」
石が無理なら、石に見える「パネル」があるはずだ。私はリサーチを重ね、憧れていた海外の施工事例が、実は本物の石ではなく「高精細なパネル」で作られていることに気づきました。
「これだ!」
私はその正体である、北欧の建材商社のプロダクトを特定しました。しかし、当時はコロナ禍の真っ只中。
「商品代とは別に、輸送費だけで40万円かかります」
ただ板を運ぶだけで40万。これには私も驚愕しました。え、輸送だけで…?
諦めきれない私は、中国の工場で代用品を探しました。似たようなパネルが見つかりましたが、そこには無慈悲な条件が記されていました。
「Minimum Order Quantity: 3000 pieces(最低注文数3000枚)」
個人宅に必要なのは数枚です。北欧にはコストで負け、中国には数量で負けた。
私はここに至り、当初の「憧れのデザイン」を完全に捨てる決断をしました。
Phase 3: 灯台下暗し。AICAという「答え」
「海外が無理なら、もう国内でやるしかない」。
私はデザインをゼロから描き直し、国内メーカーのカタログを漁りました。そこで再会したのが、AICA(アイカ工業)でした。
かつては見向きもしなかった日本の建材。しかし、追い詰められた目で見直すと、そこには驚くべきクオリティがありました。「AICAでいいじゃん。いや、AICAがすごいんじゃないか?」
しかし、ここでも新たな戦いが待っていました。
敵の名は「小口(Koguchi)」
AICAの壁用パネルは施工が楽ですが、切断した「小口(断面)」が茶色く、横から見た瞬間に「あ、ここに板を貼りましたね」という安っぽい現実が露呈します。それは私の美学が絶対に許さないノイズでした。
さらに壁用のラインナップには、私が求めていた理想の柄が存在しませんでした。
私がその柄を見つけたのは、「天板用(カウンター用)の化粧シート」の中でした。しかし、それはあくまで家具の表面に圧着するための薄いシートであり、壁材として単独で貼ることは想定されていません。
私はAICAの営業担当に幾度となく電話をかけ、食い下がりました。
「このシートを壁に使いたい。そして小口も完全に同色で消したい」
壁用ではないため、当然、専用の小口テープもありません。私は別シリーズの中から奇跡的に同色となるテープを探し出し、それを組み合わせることで「塊」に見せる計画を立てました。
あまりのしつこさに、電話口は営業から「技術者」へと代わりました。
「…シートを壁に施工するのは推奨外です。下地の平滑性や接着の難易度が高く、剥がれや浮きのリスクがあります」
それでも私は引き下がりませんでした。
「リスクは承知の上です。この柄と、この小口処理でなければ意味がないんです」
技術者は渋々ながらも、実現の可能性をゼロとは否定しませんでした。「落ちてきたら私の責任でいい」。念書を書く覚悟で、私はこの禁断の施工に踏み切りました。
Phase 4: ラミナムのトメ加工。「40万円」の使い道
メインの壁はAICAで解決しましたが、足元のローディスプレイボードには、どうしてもイタリアのLaminam(ラミナム)を使いたかった。
ここでの敵は「目地」です。タイルをただ四角く組むと、どうしても板の厚み分のラインが出ます。それを消すには、「トメ加工(45度カット)」が必要です。
国内の加工店は全滅。唯一派遣されたラミナムジャパンの職人すら「リスクが高すぎる」と尻込みしました。
私は彼を説得し、タイル本体の数倍にあたる40万円以上の加工費を支払いました。
北欧からの輸送費40万は払えませんでしたが、この加工費40万は払いました。
なぜなら、輸送費は「移動」への対価ですが、加工費は「美しさ」への対価だからです。
Phase 5: 日本のプロダクトという「武器」
メインの素材が決まり、収納や棚を探していた時、私はもう海外製品への幻想を捨てていました。
ふと足元を見た時、そこには世界に誇るべき「日本の武器」が落ちていました。
Margin Cabinet(マージンキャビネット)
フロートボード(収納)に採用したこの日本製品。採用の決め手は、私が必死に選んだAICAのシートと、質感が完全に親和していたことです。
しかし、それ以上に決定的だったのが「構造」です。
当初は造作家具(オーダー)で作ろうとしました。しかし、工務店からの回答は絶望的でした。
「安全性を担保するためには、下にL字の留め金(アングル)を入れる必要があります」
鈍い銀色の大きな金具が見えてしまったら、それはもう「フロート(浮遊)」ではありません。ただの「棚」以下の代物です。
造作では実現不可能な「完全な浮遊」が、工業製品としてそこに存在していた。マージンキャビネットは、内部の吊り構造だけで耐荷重をクリアしていました。私はここで初めて、日本の既製品が持つ「エンジニアリングの凄み」に屈服しました。
Miratap(旧サンワカンパニー)のPittana
サイドの飾り棚に採用した「ピッタナ」。
海外製の棚はデザインこそ良いものの、施工が大掛かりで厚みが出がちです。対してこの棚は、限界まで薄く、金具も一切見えません。
その極限の薄さが、重厚な石目調の壁に対して美しい「抜け感」を作ってくれました。しかも、価格は驚くほど手頃でした。
The Lighting: そして「光」ですべてを結ぶ
最後に、これら全ての素材を統合するのが「光」です。
私は設計段階から、TVウォールの背面に仕込む間接照明の役割を明確に決めていました。
それは、「ふんわりと照らす」ような生ぬるい演出ではありません。
後ろの壁面(スラットパネル)と、TVが設置されている前面(AICAパネル)を光で分断し、あえて強いカットオフライン(明暗の境界線)を出す。その強烈な陰影のコントラストによって、空間に物理的な奥行きと凹凸感を与え、引き締めることが目的でした。
メーカーから来た「照明のプロ」は、カタログを見ながらこう言いました。
「コストを抑えるならテープライトがお勧めです」
「プロ」への失望と、自らの設計
私は即答でNOを突きつけました。プロと呼ばれる彼には、光源と壁面の「距離」がもたらす物理現象が見えていなかったからです。
- 粒感(Dot)の禁忌: 光源と照射面が近いTVウォールにおいて、テープライトは致命的です。LEDの一粒一粒がはっきりと見えてしまい、シャープどころか「一本の線」にすらなりません。ただの「ドットの集合体」が壁に映ることは、私の美学において禁忌(タブー)でした。
- 物理的な断絶: テープライトは直角に曲げられないため、角で一度カットしてジョイントする必要があります。そこで必ず「光が途切れる」のです。
私が欲しいのは、四角い壁の周囲を完全にシームレスに囲む「光の結界」でした。
そのため、あえて定尺の棒状器具(シームレスライン)を選び、角で互い違いに交差させる「ピンホイール配置」を自ら図面に引きました。
プロは「そんなやり方は…」と戸惑っていましたが、スイッチを入れた瞬間、光の線が四隅まで完全に繋がり、計算通りの鋭い陰影が生まれた時、その場にいた全員が息を飲みました。
FAQ:よくある質問と誤解
最後に、この狂気のTVウォールに関してよく頂く質問に答えます。
Q. メディアウォールとテレビボードは何が違いますか?
「家具」か「建築」かの違いです。テレビボードは引っ越す際に持っていけますが、メディアウォールは家にインストールされた「資産」となります。
Q. 既製品を混ぜるとチープになりませんか?
なりません。「ライン(比率)」と「カラー(色相)」さえ整っていれば、脳はそれを「統一されたデザイン」と認識します。我が家では全てをベージュ〜グレージュで統一しています。
Q. 費用はどれくらい見ておくべきですか?
工法によりますが、Lv.2(フロート+壁掛け)なら数十万〜。Lv.3(ハックを含む造作)なら100〜200万円程度が目安です。「何にお金を払うか(素材か、技術料か)」を見極める目が重要です。
まとめ:美しさは「執念」の先にある
完成した今の写真を見れば、スマートな成功例に見えるかもしれません。
しかしその裏側には、無数の「拒絶」と、冷や汗が出るような「決断」がありました。
- 挫折からのリスタート: 石、北欧、中国。全てに敗北した末に、国内のAICAに活路を見出した。
- コストの矛盾を飲む覚悟: 輸送費40万は払わないが、加工費40万は払うという価値基準。
- 偏見を捨てる勇気: 日本の既製品の中にも、世界と戦える武器はある。
これが、世界中を彷徨い、最終的に日本の技術で作り上げたTVウォールの裏側です。
決して楽な道のりではありません。でも、もしあなたが「本物」を望むなら、この道は確かに存在します。
「このデザインを再現するための『寸法(スケール)』は?」
「マージンキャビネットとラミナムはどう配置されているのか?」
その具体的な数値と実装データは、以下の記事に残しておきます。
Deep Dive into Modernova
- 美しさの数値的根拠: 【TECH】TVウォールの「実寸法」とAICA/マージンキャビネット詳細
- 光の結界・設計論: 【Architecture】照明図面の「四角」を疑え。ピンホイール配置の物理学
- 色の統一・ベージュの鉄則: 【Architecture】玄関から天井まで。ベージュワントーンの作り方
