法隆寺のような古い木造建築を見ると、昔の材料や技術が特別に優れていたから残ったのだと考えたくなります。しかし、木は濡れれば傷み、屋根も接合部も更新を免れません。長く残った建物は、完成時のまま壊れなかった建物ではなく、後の世代が繰り返し直してきた建物です。
木造建築の構造と耐震性を研究した坂本功氏は、法隆寺を「一三〇〇年もたせるに値する建物」と表現しました。これは、1300年もつ材料を選べば建物が残るという意味ではありません。各時代の人が、費用と手間をかけてでも残す価値を認め、その判断を修理として実行してきたという意味です。
この命題を一般住宅へ移すと、何が見えるのでしょうか。古い家をすべて保存せよという結論にはなりません。問われるのは、残すか壊すかを選ぶ前に、建物の状態と、これまで加えられた手入れを正しく評価できているかです。
坂本功氏は、木造の弱さを隠さなかった
坂本氏は建設省建築研究所を経て東京大学で木造建築を研究し、のちに東京大学名誉教授となりました。伝統木造を過去の様式として扱うのではなく、地震時の挙動、接合部の損傷、既存住宅の耐震診断と補強を検証した研究者です。
2000年の著書『木造建築を見直す』も、木造を無条件に称賛する本ではありません。伝統構法から現代の木造住宅までを取り上げ、長所と欠点の両方を確認します。坂本氏が見直そうとしたのは、昔へ戻ることではなく、木造がどのような条件で壊れ、どのような手当てによって使い続けられるかです。

だから、「もたせるに値する」という言葉も精神論だけでは読めません。残したい理由があっても、安全を確認できず、傷んだ部分へ手を入れられなければ修理は続かない。一方、技術的に直せても、誰も残す意味を認めなければ、修理は選ばれません。
一三〇〇年は、材料の耐久年数ではない
坂本氏は、古建築が最初から完全だったために残ったとは考えません。柱や屋根を取り替え、傷んだ部分を補い、必要に応じて構造を補強した結果として現在まで残ったと捉えます。法隆寺の年数は、部材一つの寿命ではなく、修理の判断が何世代も途切れなかった結果です。
建物の構成要素は一つではありません。構造や屋根、外壁や建具、設備や仕上げは、それぞれ異なる時期に傷みます。家全体を一つの耐用年数で表すと、まだ使える部分と、先に更新すべき部分の違いが消えてしまう。長寿命を考えるなら、すべてを同時にもたせるのではなく、どこを残し、どこを直すかを判断できる構成が必要です。
深い軒で雨を避け、床下へ湿気をこもらせず、傷みやすい場所を点検する。こうした予防は重要ですが、劣化を完全に止めるものではありません。耐久性とは、傷まない性能だけでなく、傷みを早く見つけ、必要な範囲を直して性能を戻せることまで含みます。
朽ちる姿を美化しても、建物は残らない
坂本氏は、古い建物へ手を加えず、朽ちていく姿に美しさを見いだす考えを結論にしていません。前の世代が傷みを放置していれば、現在見ることのできる伝統建築の多くは残らなかったからです。
同時に、修理は昔と同じ方法だけで行うべきだとも述べません。現代の構造解析で弱点を確かめ、必要な耐震補強を加えることを認めます。古い建物を生かすために新しい知識を使うのであって、古さと新しさを対立させてはいません。
ここが坂本氏の結論を誤読しやすい点です。保存とは、完成時の形を一切変えないことではない。建物の重要な部分を見極め、安全に使い続けるための変更を加えることです。
「直せること」は、残すための手段である
仲本尚志氏、馬渡勝昭氏、長瀬正氏による『図解「建築と構造の接点」トラブル予防のツボ100』は、坂本氏の命題を紹介したうえで、伝統木造が修理されてきた条件を整理しています。傷みやすい位置を予想しやすいこと、損傷を目視しやすいこと、傷んだ部分だけを取り替えやすいことです。

この技術的な説明は重要ですが、坂本氏の命題を「交換できる家をつくろう」だけに縮めると弱くなります。点検口や交換可能な部材は、残したいと判断したあとに使う手段です。建物を残す理由そのものではありません。
修理のしやすさは、価値を自動的には生みません。しかし、残したいと思った人が実際に修理を選ぶためには欠かせない。価値と修理可能性は同じものではなく、どちらか一方だけでも建物は残りにくくなります。
手入れは、一度の大工事では終わらない
長く残った社寺建築では、屋根の葺き替えなどの周期に合わせて状態を確認し、必要な修理や補強を重ねてきました。限界まで放置して一度に戻すのではなく、先に訪れる更新をきっかけに周辺も点検します。

一般住宅でも、構造より設備や仕上げの方が早く更新時期を迎えます。いつ、どこを、なぜ直したかが記録されていれば、次の所有者は前回の判断を参照できる。維持管理の履歴は、工事の記録であると同時に、建物がどのように扱われてきたかを示す評価資料です。
完成後の点検を住人の努力だけに任せてはいけません。点検時期、近づける場所、相談先、図面や履歴の保管方法まで用意して、初めて手入れを継続できます。
歴史的建造物と一般住宅は、同じ条件では残らない
法隆寺と現代の一般住宅を、同じ保存条件で比べることはできません。歴史的建造物には信仰や社会的な評価があり、文化財制度と公費、専門技能にも支えられています。一般住宅の修理費は主に所有者が負担し、売却時の評価や家族構成の変化にも左右されます。
したがって、法隆寺が残ったのだから一般住宅も残せる、と結論づけるのは乱暴です。一般住宅へ移せるのは、建物の寿命は完成時に決まらず、後の世代が手を加えることで延びるという原則までです。
その原則を住宅へ適用するなら、技術だけでなく経済条件も見なければなりません。修理可能でも、手入れの結果が建物価値として評価されず、建て替えた方が合理的なら、残す選択は弱くなります。
日本の既存住宅流通比率は、欧米の六分の一から五分の一だった
国土交通省の2018年比較では、既存住宅の流通比率は日本14.5%、米国81.0%、イングランド85.9%、フランス69.8%でした。
この比率は、既存住宅の取引戸数を、既存住宅取引と新設住宅着工の合計で割った指標です。国ごとに統計の定義が異なるため、「日本人の85.5%が新築を買った」という意味ではありません。それでも国土交通省は、日本の水準を欧米の六分の一から五分の一程度と整理しています。
この差は、日本の建築技術が劣っていることを示すものではありません。新しく建てる市場に比べ、すでにある住宅を売買し、使い継ぐ市場が小さかったことを示しています。
日本では、手入れの結果が価格へ渡りにくかった
国土交通省の2014年指針は、中古戸建てについて、個別の状態にかかわらず築後20〜25年で建物の市場価値を一律にゼロとする慣行があったと明記しました。丁寧に維持した家と、手入れされていない家が、築年数だけで同じように評価されれば、修理へ費用をかけた結果は次の所有者へ渡りにくくなります。
同省の改善指針は、基礎・躯体と内外装・設備を分け、基礎・躯体には性能に応じて20年より長い評価上の耐用年数を認めました。長期優良住宅なら100年超も許容し、躯体の機能が保たれている限り、リフォームによる価値の回復や向上も評価へ反映する考えです。これはすべての家が100年もつという保証ではなく、現在の状態と手入れを見る評価への変更です。
米国の住宅ローン市場で使われるFannie Maeの査定指針は、住宅の実際の築年数に制限を設けていません。適切に維持された住宅は、建物の状態を示す「有効年齢」が実年齢より若いと評価できます。
ドイツの不動産評価令では、戸建住宅の総利用期間を80年とする評価モデルを置き、改修の内容に応じて残存利用期間を計算し直します。これはすべての住宅が80年もつという保証ではなく、改修後の状態を評価へ反映するための仕組みです。
違いは、海外の古い住宅が必ず高く売れることではありません。築年数を価値の終点にするのか、現在の状態と手入れの結果から評価し直せるのかです。

坂本氏の結論を、そのままスクラップ・アンド・ビルド批判にはできない
私は当初、坂本氏の命題を日本のスクラップ・アンド・ビルドへの批判として書けないかと考えました。しかし、そのまま坂本氏の結論にするのは無理があります。『木造建築を見直す』が扱う中心は、建物が傷み、修理され、残る条件です。不動産査定や税制、金融、土地価格の因果分析ではありません。
国際比較の数字と築後20〜25年の評価慣行だけで、スクラップ・アンド・ビルドの原因を証明することもできません。既存住宅の流通には、修理費や耐震性、断熱性のほか、相続や土地利用も影響します。
ただし、坂本氏の命題を一般住宅へ移すと、市場との矛盾は見えてきます。後の世代が手をかけて初めて建物が残るのに、その手入れが評価されなければ、残す選択は経済的に弱くなる。これは坂本氏の発言ではなく、原典を日本の住宅市場へ適用したmodernovaの解釈です。
私が自邸の経験から受け取るもの
自邸を考えた経験から、私は「交換できるようにする」だけでは、家を残す理由として弱いと感じます。点検口、外せる仕上げ、入手しやすい部材は必要です。しかし、それらは残したいと思ったあとに使う手段であり、残す理由そのものではありません。
自邸では、納まりと仕上げの美しさが相反する場面もありました。知識を得たうえで経年変化のリスクを受け入れる選択と、リスクを知らずに同じ仕様を選ぶことは違います。何を優先し、どこまでを最低限守り、どのリスクなら引き受けるかを決める必要がありました。
坂本氏の命題を、私はその判断を続けるための基準として読みます。残す価値があるから劣化を無視してよいのではない。残したいものを明確にし、そのために必要な点検、補修、安全性、費用を同時に考えるということです。
未来の住人へ、残す判断の材料を渡す
設計者は、数十年後の所有者へ家を残すよう命令できません。できるのは、その人が残すか建て替えるかを、築年数だけでなく建物の状態を見て判断できるようにすることです。
床下や小屋裏へ点検できる入口を設け、設備だけを更新できる経路を確保する。図面、材料、施工時の判断、修理履歴を建物と一緒に渡す。さらに、どの意匠や空間を残したいと考えて設計したのかも言葉にする。これらは保存の命令ではなく、未来の住人が判断するための資料です。
その結果、解体が選ばれることもあります。安全性を回復できない、暮らしに適合しない、費用を負担できないのであれば、残さない判断にも根拠がある。重要なのは、状態も履歴も見ないまま、古いという理由だけで建物価値をゼロにしないことです。
modernovaは何を採用し、何を採用しないか
modernovaが坂本氏から採用するのは、建物の寿命は完成時に確定せず、後の世代による点検、修理、補強によって延びるという考えです。耐久性だけでなく、傷みを発見できること、必要な範囲を直せること、履歴を次へ渡せること、将来の所有者が残す理由を見つけられることまでを設計条件に含めます。
また、中古住宅を築年数だけで評価せず、現在の状態と手入れの履歴を見る考えを採用します。長く残す価値は設計者が一度で決めるものではなく、使う人と修理する人が更新していくものです。
採用しないのは、古い家をすべて残すべきだという結論、歴史的建造物の保存条件を一般住宅へそのまま移すこと、住人へ無制限の維持負担を求めることです。伝統工法を使えば自動的に長寿命になるとも考えません。安全性、費用、修理可能性を確認したうえで、残す価値と残せる条件がそろう場所を探します。
建物は、丈夫だから自動的に残るのではありません。手をかける価値が認められ、その判断を修理として実行できるときに残ります。modernovaは、その価値を未来へ強制するのではなく、未来の住人が自分で確かめられる家をつくります。
参考文献
- 坂本功『木造建築を見直す』岩波書店、2000年
- 坂本功「平成20年度超長期住宅先導的モデル事業の概評と今後の動向」
- 仲本尚志・馬渡勝昭・長瀬正『図解「建築と構造の接点」トラブル予防のツボ100』学芸出版社、2021年
- 国立研究開発法人 建築研究所「坂本功名誉教授のプロフィール」
- 国土交通省「中古戸建て住宅に係る建物評価の改善に向けた指針」の策定について
- 国土交通省「既存住宅流通量の推移と国際比較」
- Fannie Mae, Improvements Section of the Appraisal Report
- ドイツ不動産評価令(ImmoWertV)
