一室一灯を捨てる|task と ambient の分離

一室一灯を捨てる|task と ambient の分離
目次

章扉

照明計画の起点は、器具でも照度でもなく、住む人がその場所でどう過ごすか、というところから始まります。

暗いと言われない家は、誰でも、何も考えずに作れます。しかしその家は、先に挙げた起点が考えられていません。

ここから、作業する光と身を置く光を、別ものとして考えていきます。

H2-1: Pinterest で見つけた「光と影の空間」

Pinterest で見つけた光と影の空間
ベージュで統制された海外邸宅の一角・闇まで設計された空間

家を建てる前、私は Pinterest で漠然と「スタイリッシュな家」を探していました。最初は、日本の家から始めました。けれど、何度スクロールしても「これじゃない」と思う瞬間が続きました。リサーチを続けるうちに、目に留まる写真は、次第に海外の家へと移っていきました。

特に目を奪われたのは、ベージュで統制されたリビングの一角の写真でした。建材や家具が高級だったからではありません。光と影に、目を奪われたのです。

その写真には、明確に影が作られていました。そして、その影ですら、空間の設計に起因しているように見えました。「ここを暗くすることで、ここが立つ」。そんな設計の一端を、専門知識のない私でも、肌で感じ取ることができたのです。

写真の中で立っていたのは、奥行きでした。壁面、家具、素材。それらが単品で主張するのではなく、組み合わされることで、空間そのものが一枚の場面として立ち上がっている。

> 私が惹かれたのは、明るい部屋ではなく、映画のワンシーンのように見える空間でした。

> そこでは、家具も素材も照明器具も、単品で主張していません。

> 光と影によって、空間そのものがひとつの場面として立ち上がっていました。

それは「生活感がない」という意味ではありません。空間に、意図された場面性がある、という意味です。

海外の照明は、闇まで設計していた

海外の写真に惹かれてから、私は海外の照明の作り方を調べ始めました。最初に違うと感じたのは、影や闇の概念でした。

それは、単に暗さを怖がらずに残す、という話ではありませんでした。闇まで含めて、空間の一部として設計すること。暗くする場所があるから、見せたい場所が立つこと。光だけでなく、闇や影もまた、空間を成立させる要素として扱われている。そう感じたのです。

task and ambient という言葉を、「後から」知った

その後の調査で、私は task and ambient という言葉に出会いました。

  • task = 作業する照明
  • ambient = 過ごす照明

この言葉を知ったとき、私はようやく、自分が抱えていた違和感を言語化することができました。照明とは「どれだけ明るくするか」ではない。「いつ、どこで、誰が、どう過ごすか」から考えるものなのだ、と。

ただし、順番が大事です。

私は task and ambient を知って、それから初めて照明を考え始めたのではありません。先に、海外邸宅の写真から「光と影が空間を作っている」という感覚を、私は手にしていました。その感覚に、後から、言葉と構造が与えられたのです。

これは、私が家を建てる前、Pinterest で写真を見ていた時点で、既に起きていたことです。設計の打ち合わせに入る前に、私の中には既に、自分が何を求めているかについての方向感覚がありました。

H2-2: 一室一灯の正体 ─ 多灯化された均一照度

一室一灯の正体・多灯化された均一照度
ダウンライトで均一に塗りつぶされた住宅の典型

「一室一灯」という言葉から、何を思い浮かべるでしょうか。

部屋の中央に大きなシーリングライトが一つだけ吊られている。家族がその下で食卓を囲み、テレビを観て、宿題をする。そんな昭和的な情景を思い浮かべる方が、多いかもしれません。

けれど、現代の住宅で、その情景はむしろ少ない。今、新築の現場で起きているのは、シーリングライト一灯の家ではなく、ダウンライトを所狭しと天井に並べ、部屋全体を均一に明るくする家です。

これも、私にとっては、「一室一灯」と同じ問題を抱えた家です。器具は増えていますが、光の役職は増えていない。多灯化された一室一灯、と呼んでいいと思います。

問題は、器具の数ではありません。「部屋全体を、ひとつの明るさで処理する」という思想そのものです。

何が考えられていないか

部屋全体を、ひとつの明るさで塗りつぶす照明計画には、共通して欠落しているものがあります。それは、住む人の生活シーンへの想像力です。

誰が、いつ、どこで、何をするのか。それは、ずっと続く営みなのか、一時的な行為なのか。家族全員に開かれた場所なのか、特定の個人だけが使う場所なのか。

優先順位は、どこに置くのか。トレードオフは、どこに生じるのか。

そういった問いを何も考えないまま、家全体を均一に明るくしているのが、いまの住宅です。

ただ、これはビルダー側だけの問題ではありません。施主側にも、責任があります。施主が「自分はこの家でどんな暮らしをしたいのか」を具体化できなければ、結局のところ、提案は他人のものになります。他人の提案である以上、自分たちの暮らしに対してクリティカルにはなりえません。

「明るい = 快適」の圧

施主側が判断根拠を持たないとき、ビルダー側の「これくらい必要ですよ」が、ほとんど抗えない圧として効いてきます。

「たぶん、この部屋は暗いですよ」と言われる。家を初めて作る人にとって、この一言は、ほぼ脅迫のように響きます。住んだ後で「やっぱり暗かった」と後悔したくない気持ちが先に立ち、提案された明るさをそのまま受け入れることになります。

そうやって、家の明るさは、住む人の暮らしから離れて、「クレームが出ないかどうか」で決まるようになっていきます。

私自身、リビングの照明設計で「たぶん、この部屋は暗いですよ」と言われた経験があります。ただ、私の場合は、自分なりに配置・光の分布・照度計算を事前に検討してあったため、「これでいい」と突っぱねることができました。家を初めて作る人にとって、その不安に抗うには、感覚ではなく、根拠が要ります。その部屋でどう過ごすのか。どこに何を置くのか。どの光が、何のために必要なのか。そこまで考えて初めて、「これでいい」と言えるのです。

クレームが出ない家。それは、コンビニのように、いつでもどこでも煌々とした家です。暗いとは言われません。けれど、そこで誰がどう休むかは、考えられていないのです。

> 夜、ソファで横になったときに、天井にダウンライトがこれでもかと並んでいる。

> その光の下で、本当にゆったり過ごせるのか。

> 私には、そこに疑問があります。

そういう家では、夜になっても、身体が休息のスイッチを入れにくくなります。どこにいても同じ明るさで、居場所ごとの差が消えていきます。壁や家具や素材の見え方は、どこを切り取っても平板になります。家族の暮らし方ではなく、不特定多数のクレームに合わせて、光が決められていきます。

これらは、すべて、ひとつの選択から生まれています。「家全体を均一に明るくする」という、ただひとつの選択です。

task が ambient を乗っ取る

均一に明るくする家には、もうひとつ、構造的な問題があります。task と ambient を、ひとつの光に兼務させていることです。

task は、作業するための光。ambient は、過ごすための光。

このふたつを、ひとつの光に兼ねさせると、結果として、どうしても task のほうに寄ります。作業するときに照度が足りない、というのは、わかりやすいストレスだからです。

そうやって、家全体の明るさは、「作業に困らないライン」を基準に決まっていきます。

けれど、家は作業場ではありません。家でしかできないのは、安心して休むことです。だから、家全体を「作業に困らない明るさ」で満たした瞬間、家は休む場所であることを失います。

> 作業に困らない明るさは、休息に適した明るさとは限らない。

この一文を、光を考え直すことの入口として、置いておきたいと思います。

H2-3: 「明るくする」が当然になった経緯

「明るくする」が当然になった経緯
照度基準が決めるもの・決めないもの

「なぜ、家の照明は、こんなに均一に明るくなってしまったのか」。私は自分なりに、その背景を調べてみました。専門的に学んだわけではなく、自分の違和感の出どころを確かめた範囲の話です。それでも、いくつか見えてきたことがあります。

当時の合理性は、認める

均一に明るい家には、確かに合理性のあった時代があります。住宅が小さく、効率よく部屋全体を明るくすることが優先されていた時代です。作業に必要な明るさを確保すること。暗さを不便として解消すること。それが、住宅照明の出発点でした。

家の広さは変わりました。家族構成も変わりました。家に求められる役割も、住宅性能も、照明器具のラインナップも、変わっています。けれど、「とりあえず明るく」「均一に明るく」という照明の考え方だけが、ほとんど更新されないまま、いまの新築の現場にも残っているように思えるのです。

照度基準は、暮らし方を設計してくれない

私は、JIS や照度基準そのものを敵だと考えているわけではありません。建物のなかで安全に行動できる明るさを担保する、というのは、合理的な目的です。基準そのものは、必要なものです。

問題は、別のところにあります。

照度基準は、建物のなかで「ものが見えるかどうか」「作業ができるかどうか」を担保するためのものです。住む人の暮らし方を設計するためのものではありません。

それなのに、住宅照明の話が「暗くないか」「何灯必要か」「どこに配置するか」に回収されると、そこで暮らす人のシーンは、問いの外に追い出されてしまいます。

> 照度基準は、暮らし方を設計してくれない。

私が問題にしているのは、照度基準そのものではありません。照度で測れるものだけが、住宅の光の正解として扱われてしまうことです。

そのズレに気づかないまま、提案する側も、選ぶ側も、同じものさしで光を決めてしまっています。それが、いまの住宅で起きていることだと、私には思えるのです。

H2-4: task と ambient ─ 光を役職で見る

task と ambient・光を役職で見る
task が ambient を補う・両者の役職対比

光は、明るさで決めるものではなく、役職で決めるものです。

「一室一灯を捨てる」とは、光を減らすことではありません。それぞれの光に別々の役職を割り当てて、必要な場所に、必要な役割の光を、必要なだけ置く、ということです。

「暗くする美学」でもありません。「足し算ではなく引き算」でもありません。必要なものは置きます。必要のないものは置きません。判断するのは、「何のための光か」という問いです。

task = 作業する光、ambient = 過ごす光

私は、家のなかの光をふたつに分けて考えています。

  • task = 作業を成立させるための光
  • ambient = その場所で過ごす状態を成立させるための光

task は、わかりやすい光です。手元を照らす、書類を読む、料理を作る、洗面台で身支度をする。作業に必要な明るさが、必要な場所にあるかどうか。それで判断できる光です。

ambient は、もう少し説明が要ります。「部屋全体をなんとなく明るくする光」ではありません。その場所で人がどう過ごすのか、その状態をどう成立させるのか、から逆算される光です。

リビングなら、家族が集まって過ごす状態。寝室なら、安心して眠りに入る状態。玄関なら、外から戻ってきて家のなかへ気持ちを切り替える状態。その状態が成立するための光が、ambient です。

task が「作業ができるかどうか」で判断できるのに対して、ambient は、もっとつかみどころがありません。その場所で過ごす状態が成立しているかどうかは、住む人自身がそこで時間を過ごして、感じ取ることでしか確かめられません。

私は、ambient の根底に「休息」を置いています。家は、作業場でも、展示場でもなく、まず、住む人が安心して休む場所だと考えているからです。だから、ambient を考えるときの最初の問いは、「そこで人が安らげるか」になります。

分けるとは、器具で分けることではない

ここで、よくある誤解があります。「task と ambient を分ける」とは、シーリングライトをやめて、ダウンライトとフロアスタンドに分散させること、ではありません。光を器具で分けるのではなく、作業のための光と、過ごすための光を、同じ判断基準で決めない、ということです。

作業に必要な明るさを判断するときの基準と、過ごす状態を成立させるための光を判断するときの基準は、別ものです。明るさも、向きも、影の作り方も、時間帯ごとの変化も。それぞれの目的が違うのだから、判断するためのものさしも、別々であるべきだと、私は考えています。

「ひとつのものさしで、すべての光を決める」。これが、一室一灯の根本的な発想です。それを捨てるとは、ものさしを増やすことです。

物を見ることと、空間を感じることは、違う

もうひとつ、重要な区別があります。「物を見る」ことと、「空間を感じる」ことの違いです。

> 物が見えることと、空間を感じることは違う。

>

> 物を見るだけなら、均一な明るさでも成立します。

> けれど、空間として体験するには、光のグラデーションが要る。

均一な照度の家でも、物を見ることはできます。本は読めます。料理もできます。掃除もできます。

けれど、その家を「空間として体験している」かというと、別の話です。空間を体験するとは、影があり、奥行きがあり、視線がそのなかを移動することで、その場所の輪郭を身体で感じ取ることです。光のグラデーションが、その経験を作ります。

均一な明るさは、物を見せることはできても、空間を感じさせる力を、ほとんど持っていません。

H2-5: 自邸での実装 ─ 必要ないから置かなかった

自邸での実装・必要ないから置かなかった
自邸リビング・task 照明を置かない判断(壁面・メディアウォールを ambient で照射)

私の自邸のリビングに、task 照明はありません。

正確には、器具としてのスポットライトはあります。けれど、それは手元を照らすための光ではなく、壁面やメディアウォールを照らすための光です。器具の名前は task 系でも、役職としては ambient の側に置かれています。

なぜか。

我が家のリビングは、作業する場所ではないからです。家族が集まり、テレビを観て、子どもと過ごし、ときどきゲストを迎える。書類を読む場所も、料理を作る場所も、別の場所にあります。リビングに「手元を照らすための光」が必要な理由は、見当たりませんでした。

守るために削ったのではありません。必要なかったから、置かなかった、それだけです。

私は、「task 照明を置かない」という美学を持っているわけではありません。task 照明を排除したかったのではなく、役職として必要のない光を、置く理由がなかった、ということです。

もし、リビングが作業する場所であれば、私は task 照明を置きます。手元を照らすための光が必要な場所では、必要なだけ、必要な場所に。判断するのは、「美学」ではなく「役職」です。

リビングは、ひとつの過ごし方ではない

そして、ambient のほうも、私の場合、ひとつの状態だけを想定しているわけではありません。

リビングには、家族で日常を過ごす時間があります。子どもが遊ぶ時間も、夫婦で深夜にゆっくり話す時間も、ゲストを迎えて食卓を囲む時間も、すべて同じリビングで起こります。それぞれの時間に、適した光の状態は違います。

だから、リビングのように複数の場面性を持つ場所では、ひとつの ambient 計画では足りません。光の組み合わせ、強度、配分を、時間と場面に応じて切り替えられるように設計する必要があります。

必要なものだけを、必要な場所に、必要な役職で。それが、私の自邸でやったことです。

H2-6: 判断軸 ─ この部屋で、どんな風に過ごしたいですか?

判断軸・この部屋でどんな風に過ごしたいですか
暮らしから引き出す判断軸の出発点

判断軸は、自分の暮らしから引き出すしかありません。

入口の問いはひとつ

照明計画の最初の問いは、「どのライトを、どこに、何個置くか」ではありません。

「この部屋で、どんな風に過ごしたいか」です。

それが、すべての判断の入口です。器具の話、配置の話、明るさの話は、その問いに答えた後にやってきます。逆順では、光は暮らしから離れてしまいます。

同水準で見る問い

入口の問いに答えたら、その後に確かめる問いがあります。これらは順番に偉い偉くないではなく、同じ水準で多角的に確認するための軸です。

  • その光は、何をするために必要か
  • その光は、誰のために必要か
  • その光は、いつ必要か
  • その光は、部屋全体に必要か、一部だけに必要か
  • その光は、task なのか、ambient なのか
  • 作業に必要な明るさで、休息の場まで塗りつぶしていないか
  • とりあえず明るく、とりあえず均一にしていないか

これらの問いに、自分の暮らしから出た答えを返せるなら、その照明計画は、住む人のものになります。返せないなら、それは他人の提案で、誰かの「これくらい必要ですよ」に従っただけのものです。

これから家を建てる人へ

これから家を建てる人にとって、いまこの問いを持つことには、大きな意味があります。

設計段階で光の役職を分けると決めた瞬間から、配線、天井計画、壁面の仕上げ、スイッチの位置、間接照明の仕込みまで、すべてが連動して動きます。後から足したり引いたりするのではなく、最初から「この部屋でどう過ごしたいか」を起点に、家全体の光の地図を組み立てることができます。

そして、ここに大事なことがあります。

「これくらい必要ですよ」と提案されたときに、「これでいい」と突っぱねるための根拠は、誰かに与えてもらうものではありません。自分で、設計段階のうちに、自分の家のために、用意するものです。

既に家を建てた人へ

すでに家を建てた人には、別の話をします。

正直に言うと、一室一灯を捨てる判断は、できれば設計段階で持つべきものです。建てた後でも見直せる部分はあります。けれど、住宅の光は、配線、天井計画、壁面、スイッチ、造作と、深くつながっています。すでに固まったものを根本から変えるのは、簡単なことではありません。

それでも、できることはあります。

まずは、診断から始めます。家のなかのひとつひとつの光を、こう問い直してみてください。

  • この光は、何のためにあるのか
  • 作業のためか、それとも、過ごすためか
  • 部屋全体を、ひとつの明るさで塗りつぶしていないか

その問いを通して、自分の家のなかにある「役職の混乱」を、まず可視化します。

そのうえで、後から補えるのは、たいていの場合 task です。手元灯、スタンドライト、フロアライト。必要な作業のための光は、置き照明で足すことができます。配線をいじらなくても、必要な場所に、必要な役職の光を加えられます。

ambient のほうは、後からの介入が、もっと効きにくい領域です。壁面、天井、窓、間接照明の仕込み。これらは、設計段階で決まると、根本から変えることはほぼできません。

それでも、置き照明で壁を照らせば、空間に陰影が生まれます。調光できる器具なら、時間帯ごとに明るさを落として、昼と夜で部屋の表情を変えられます。設計段階で組むのとは違いますが、均一な光に、陰影と時間の変化を、後から足すことはできます。

完全な解にはならないかもしれません。けれど、「自分の家の光が、何のためにあるのか」を診断するだけでも、暮らしは変わります。

上流にあるのは、ひとつだけ

並べた問いに、上下はありません。

ただ、すべての問いの上流にあるのは、ひとつだけです。

「この部屋で、どんな風に過ごしたいですか?」

その問いに答えられないまま、光だけを足したり引いたりしても、家の光は、住む人のものにはなりません。

H2-7: 一室一灯を捨てた先に見えるもの

一室一灯を捨てた先に見えるもの
影が空間の輪郭を決める次の階層へ

一室一灯を捨てるとは、すべてを暗くすることではありません。

何を明るくし、何を明るくしないのかを、自分の暮らしから決めることです。

その判断を始めると、次に見えてくるものがあります。光ではなく、影が、何を見せ、何を退かせるのか。空間の輪郭を作っているのは、明るい場所ではなく、むしろ暗くなっている場所のほうかもしれません。

次の階層では、その影の働きを見ていきます。

目次